ハバネラ
欲求とは、未来の状態へ達そうとする働きだと言われている。
とすれば、悪魔に欲を食われたミスルンは、そのままだったら死ぬまでの長い時間を過去にのみ向き合って過ごすことになっただろう。彼がカブルーにだけ明かしてくれた「完食されたかった」という望みを叶える者はもういない。
ミスルンの全てを食べてやることができないカブルーは、その代わりにミスルンを満たしてやることにした。ちょうどメリニに新たな王が誕生した、あの七日七晩続いた宴で、何度も違う料理の「おかわり」を盛り付けたように。
その甲斐あって、ミスルンは少しずつ変わり始めていた。かつての完璧な青年でもなければ、復讐心だけを拠り所にする生ける屍でもなく、ただの、一人の人間としての在り方をゆっくりと学習しているようにも見える。
やはり、ミスルンには新しい欲求を見つけてほしいと思う。ミスルンとカブルーが共に過ごした時間は短い。それでもミスルンはあの時カブルーの声に応え、手を取り立ち上がってくれた。それだけで自分が少しは彼にとっての特別だと感じてしまうのは、自惚れているだろうか。
「たとえば、俺が百歳まで生きるとして」
寝台に腰掛けて汗を拭うミスルンに向けて、カブルーはそう切り出した。散々に睦みあった後の気怠い気配を纏いながらも、ミスルンには超然とした清廉さがある。ミスルンは、カブルーのせいでやや掠れてしまっている声で応じた。
「……トールマンの平均寿命はそんなに長くなかったと思うが」
「俺は健康で行いもいいから、ちょっとは長生きできると思うんですよね」
「まあいい。それで?」
「俺が死んだ後も、ミスルンさんの人生は続くわけで」
「うん」
ミスルンは淡々と相槌をうちながら、カブルーの話に耳を傾けている。いつの間にかシャツを着込み、ベッドにうつ伏せている。いつでも眠りにつける、という体勢だ。
せっかく二人きりの夜だというのに、どうも辛気臭い話をしてしまいそうな自分に気付き、カブルーは自ら軌道修正を図った。
「……俺が死んでからも、恋人は俺だけにしてくださいね」
ミスルンの体を跨ぐようにベッドに乗り上げて覆い被さり、カブルーは軽口をたたきながら銀髪のつむじにそっと唇を触れさせた。普段はほとんどなんの香りもしないミスルンから、ほんのりと汗のにおいがして、堪らなくなる。ミスルンは小さく息を吐き出した。笑ったのかもしれない。そうだったらいい。
「心配しなくても、お前以外に私を選ぶような物好きはいなかった。滅多に」
絶対にいないとか全くいなかったとか断言してはくれないあたりが、誠実でどこか不器用なミスルンらしくて、カブルーはつい笑ってしまう。
「?」
どうした、とでも言いたげに向けられた視線へ首を横に振って応じ、カブルーもミスルンの隣に横たわる。夜は深く、静かだ。自分よりもゆるやかなミスルンの心臓の鼓動を感じながら、カブルーは眠りに落ちていった。
とすれば、悪魔に欲を食われたミスルンは、そのままだったら死ぬまでの長い時間を過去にのみ向き合って過ごすことになっただろう。彼がカブルーにだけ明かしてくれた「完食されたかった」という望みを叶える者はもういない。
ミスルンの全てを食べてやることができないカブルーは、その代わりにミスルンを満たしてやることにした。ちょうどメリニに新たな王が誕生した、あの七日七晩続いた宴で、何度も違う料理の「おかわり」を盛り付けたように。
その甲斐あって、ミスルンは少しずつ変わり始めていた。かつての完璧な青年でもなければ、復讐心だけを拠り所にする生ける屍でもなく、ただの、一人の人間としての在り方をゆっくりと学習しているようにも見える。
やはり、ミスルンには新しい欲求を見つけてほしいと思う。ミスルンとカブルーが共に過ごした時間は短い。それでもミスルンはあの時カブルーの声に応え、手を取り立ち上がってくれた。それだけで自分が少しは彼にとっての特別だと感じてしまうのは、自惚れているだろうか。
「たとえば、俺が百歳まで生きるとして」
寝台に腰掛けて汗を拭うミスルンに向けて、カブルーはそう切り出した。散々に睦みあった後の気怠い気配を纏いながらも、ミスルンには超然とした清廉さがある。ミスルンは、カブルーのせいでやや掠れてしまっている声で応じた。
「……トールマンの平均寿命はそんなに長くなかったと思うが」
「俺は健康で行いもいいから、ちょっとは長生きできると思うんですよね」
「まあいい。それで?」
「俺が死んだ後も、ミスルンさんの人生は続くわけで」
「うん」
ミスルンは淡々と相槌をうちながら、カブルーの話に耳を傾けている。いつの間にかシャツを着込み、ベッドにうつ伏せている。いつでも眠りにつける、という体勢だ。
せっかく二人きりの夜だというのに、どうも辛気臭い話をしてしまいそうな自分に気付き、カブルーは自ら軌道修正を図った。
「……俺が死んでからも、恋人は俺だけにしてくださいね」
ミスルンの体を跨ぐようにベッドに乗り上げて覆い被さり、カブルーは軽口をたたきながら銀髪のつむじにそっと唇を触れさせた。普段はほとんどなんの香りもしないミスルンから、ほんのりと汗のにおいがして、堪らなくなる。ミスルンは小さく息を吐き出した。笑ったのかもしれない。そうだったらいい。
「心配しなくても、お前以外に私を選ぶような物好きはいなかった。滅多に」
絶対にいないとか全くいなかったとか断言してはくれないあたりが、誠実でどこか不器用なミスルンらしくて、カブルーはつい笑ってしまう。
「?」
どうした、とでも言いたげに向けられた視線へ首を横に振って応じ、カブルーもミスルンの隣に横たわる。夜は深く、静かだ。自分よりもゆるやかなミスルンの心臓の鼓動を感じながら、カブルーは眠りに落ちていった。
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