星明けの塵
げほ、とおおよそ叙情という言葉からかけ離れた音でカブルーが咳き込むのと、ミスルンが目を眇めるのは殆ど同時だった。
「妙なことを言っただろうか」
「い、いえ……」
水差しを取り、グラスに注いで一気に飲み干す。驚きのあまり、気管に入りかけたパンをどうにか正しい場所へ流し込むためだった。
──一人では眠れない。お前のせいだ。
危うく窒息させられかけた言葉を、カブルーは反芻する。
なんの感情も読み取れなかった頃とは違う。詰るような言い回しだが、その奥底には甘えが透けて見える。可愛いとさえ思えるのは、惚れた欲目というやつかもしれない。まだまだ表情豊かとは言えないミスルンだが、メリニで暮らすうち、新たな欲求の芽生えと二人三脚で、彼の表情筋は徐々に動き方を思い出してきつつあるようだ。
驚かされはしたものの、妙なことではない、と思う。カブルーとミスルンの関係からすれば。少なくともキスやそれ以上の行為を何らかの代償も打算も無しに交わす程度には、ミスルンもカブルーのことを好いてくれている──はずだ。多分。
或いは、ミスルンの言葉に大した意味はないのかもしれない。迷宮の中で彼の冷え切った足の裏を揉んだり、背中を摩ったりして寝つかせてやった記憶が蘇る。
「マッサージがしてほしいなら、いつでもしてあげますよ」
「そうではなくて」
ミスルンは眉に皺を寄せる。怒っている風ではない。彼にしては珍しく、困惑しているように見える。カブルーでなければ、いつもと変わらない人間味を欠く無表情としか捉えられないかもしれない。視線を逸らし、何度か瞬きをすると、言いにくそうに口を開く。
「……同衾したいと誘ったつもりだった」
カブルーは一瞬呆気にとられ、それからじわじわと嬉しくなる。今すぐ目の前の男を抱きしめたくもあったが、どこまでも聡く実務的なカブルーが真っ先にしたことは、部屋の鍵が掛かっているか確かめることだった。
「妙なことを言っただろうか」
「い、いえ……」
水差しを取り、グラスに注いで一気に飲み干す。驚きのあまり、気管に入りかけたパンをどうにか正しい場所へ流し込むためだった。
──一人では眠れない。お前のせいだ。
危うく窒息させられかけた言葉を、カブルーは反芻する。
なんの感情も読み取れなかった頃とは違う。詰るような言い回しだが、その奥底には甘えが透けて見える。可愛いとさえ思えるのは、惚れた欲目というやつかもしれない。まだまだ表情豊かとは言えないミスルンだが、メリニで暮らすうち、新たな欲求の芽生えと二人三脚で、彼の表情筋は徐々に動き方を思い出してきつつあるようだ。
驚かされはしたものの、妙なことではない、と思う。カブルーとミスルンの関係からすれば。少なくともキスやそれ以上の行為を何らかの代償も打算も無しに交わす程度には、ミスルンもカブルーのことを好いてくれている──はずだ。多分。
或いは、ミスルンの言葉に大した意味はないのかもしれない。迷宮の中で彼の冷え切った足の裏を揉んだり、背中を摩ったりして寝つかせてやった記憶が蘇る。
「マッサージがしてほしいなら、いつでもしてあげますよ」
「そうではなくて」
ミスルンは眉に皺を寄せる。怒っている風ではない。彼にしては珍しく、困惑しているように見える。カブルーでなければ、いつもと変わらない人間味を欠く無表情としか捉えられないかもしれない。視線を逸らし、何度か瞬きをすると、言いにくそうに口を開く。
「……同衾したいと誘ったつもりだった」
カブルーは一瞬呆気にとられ、それからじわじわと嬉しくなる。今すぐ目の前の男を抱きしめたくもあったが、どこまでも聡く実務的なカブルーが真っ先にしたことは、部屋の鍵が掛かっているか確かめることだった。
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